
1月のことばは、平安時代末期の『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』からの引用です。佐佐木信綱校訂『新訂・梁塵秘抄』(岩波文庫)のカバーには次のように書かれています。
〈「仏は常にいませども、うつつならぬぞ……」。仏への帰依を哀切にうたったのを始め、戯歌、男女の機微、子を思う親の心を歌うなど多様な今様歌謡の珠玉集。集成者後白河法皇(1127~92)は陰謀術策に明暮れながら、白拍子らを相手に歌っていとまなかったという。現存する歌謡・口伝はごく一部だが、ここから読み取れるものは実に大きい〉
短いながらも、簡潔に説明してくれて、ありがたい表紙です。ところで、白拍子(しらびょうし)ってなに? 〈平安末期から鎌倉時代にかけて流行した歌舞。またはそれを歌い舞う遊女(『日本国語大辞典』小学館)〉を白拍子といったらしい。
遊女なんてきくと、なまめかしくなるけれど、鎌倉時代(1192~1333)や室町時代(1336~1573)は「遊芸に従事して皇族の周辺にも出入りした芸妓を遊女」というんだって。そりゃーそうでしょう。法皇さまの近くで、「新年 はるくれば」。なんてうたうのですから江戸時代の遊女とはちがう。
今でいえば歌謡曲を演奏するわけだけど、楽器はなにかというと、尺八に鼓(つづみ)、三味線の音にあわせたらしい。まぁー、しんみりとゆっくりな音だったのだろうな。
さて、どうして門にたてるのが、椿や南天や杉の葉ではなくて、松なのか。宮司さんに聞いてみました。民俗学者でもある神崎宜武著『まつりの食文化』(角川選書)は次のように教えてくれます。
「マツは常緑で、伐った後も日もちがよい。すぐにしおれて変色するような植物は、カミの依代(よりしろ=神霊が招き寄せられて乗り移るもの)としては不適当だったのである。また、歳神(としがみ)は、彼方のヤマから降りてくるという伝説が根強い。それにしたがうと、マツは、彼方の聖地(ヤマ)を代表する清浄なしるしでもあるのだ」
神道だけではなくて、禅にも「松樹千年の翠」とか「松に古今の色無し」というように、松の色をたたえる言葉がたくさんあります。おっとっと、忘れていました。私どもは松岩寺と申します、松は常緑で、岩も固くて丈夫な、おめでたい寺名なのでした。「おめでたい」には、立派だ、すばらしいの意味もあるけれど、「人がよすぎて他人にあざむかれやすい」といった使い方もします。尺八と鼓でペンペケやっていた時代とことなり、こわい電話もかかってくる現代。気をつけよ!