「さとり」って何、ってきかれると、ちょっとむずかしいけれど。自分や世界がどんなものであるかが、すっきりとわかって、もう悩まない……、そんなじょうたいかなぁ。     山本勉著『完本仏像のひみつ』 

 

 

山本勉著 川口澄子イラスト『仏像のひみつ』(朝日出版社


若くはない私には縁遠いけれど、「元カノ」「元カレ」という言葉があるそうな。「元の彼女」「元の彼氏」の略らしいけれど、「彼」は万葉集にもでてくる古い言葉です。
 明治時代以後、男性をさす西欧語の訳語として使われて身近になったけれど、それ以前は女性も「彼」だし、遠く離れた物や場所、方角、時を表す代名詞であったとか。例をあげれば、彼岸です。
 彼岸は元カレ元カノがいる岸ではない。どこかにある理想の岸です。仏教にとって理想の彼の岸は、「悟り(さとり)」です。「悟る」という困難な宗教体験を、理解するのが困難な文字をならべて説明してくれる文章はいっぱいあるでしょう。でも、簡単で端的にのべたものとなると少ないのでは。
 冒頭に東京国立博物館に勤務した美術史家の山本勉著『完本仏像のひみつ』(朝日出版社)から「悟り」の定義を引用しました。完本と題しているから、完結する前があるわけです。平成十八年に初版が出版され、その二年後に「続・仏像のひみつ」が出版されて、令和になって『完本・仏像のひみつ』が出ています。完本の帯には、(累計十三万部。新たな「ひみつ」を加えた完全版)とあります。 最初と続の二冊は自分でお金を出して買いました。でも「完本」はいただきました。イラストを担当した川口澄子さんが贈ってくださいました。川口さんは拙書『おうちで禅』と『またまた・おうちで禅』のイラスト担当でもあるのです。
 そんな内輪の話はこのくらいにして、「すっきりとわかって、もう悩まない」ためにいろいろと行う特別な一週間が春と秋の彼岸です。
 以前、金沢に住む、浄土真宗の上人(しょうにん)が「最近は北陸でも東京の影響で彼岸に墓参りようになってしまった。彼岸はお寺へ行って聞法(もんぽう=仏教の教えを聞き学ぶこと)するもんだ」と嘆いていた文章を読んだことがあります。彼岸に墓参りするだけではちと寂しい。お悟りの岸へ近づくようにする一週間です。
 さて、この文章を終えるに際して、一昨年の九月にもご紹介した俳句を、もう一度引用しておきましょうか(R5年5月5日付け日経新聞俳壇)。
  
  泳ぎても泳ぎても此岸(しがん)かな
                 上田克彦